講談社BOOK倶楽部

講談社BOX:『舞台は阿佐ヶ谷住宅』近藤光

講談社BOX Everything is Boxed, KODANSHA BOX. OPEN NOW!!

  • ▲4/15UP!!
  • ▲4/15UP!!
  •  
  •  
  • ▲4/15UP!
  • ▲4/15UP!
  • ▲随時更新!!
『舞台は阿佐ヶ谷住宅』近藤光
キャラクター

(高橋洋典 たかはしようすけ)

1976年生まれの32歳。高校時代、パンクロックにはまってバンド活動にのめりこむ。その後、仲間と一緒に過ごせる場所として、21歳でバー「My Generation」を開店。パンクやスカ、モッズ好きが集まり、人気店に。

しかし、26歳のとき、ある日、あれだけ好きだったパンクロックへの感動は薄れ、突然、店を閉じる。無気力な時間を経て、現・奥さんと出会い、社会復帰を果たす。

奥さま(高橋由希子 たかはしゆきこ)

1978年生まれの30歳。エスカレータ式の女子高校、女子大学を卒業して、就職。25歳の時、上司の起業に参加。コンサルティングカンパニーのチームリーダーとして現在に至る

第1話

家を買った。

この僕が家を買ってしまった。

白い外観の、こぢんまりした一戸建て。申し訳程度に庭木が玄関脇に植えられていて、まるで昼ドラにも出てきそうなアットホームな装いだ。

バンド組んで、ヤンチャやって、「今日、最高ならOK」だった10代はもう遠い昔。その頃の僕なら、この家を買うことで“負けた”気持ちになっていたと思う。理由はわかんないけど、きっとそうだ。

そんな僕も今年で32歳。結婚して、4歳のガキんちょもひとり。とうとう家まで買ってしまったわけだけど、実に現実感のない変な感じだな。でも、負けた、と思うことはなくて、逆に心地よかったりする。そんな自分が存在することを不思議に思うこともあったりするけれど…。

結婚して――、子供ができて――、そのたびに生活が少しずつ変わったように、家を買ったことによって生活がまた変化した。

たとえば、以前の賃貸暮らしの時の休日は、狭い部屋にずっといるのもなぁ、って、行楽地だったり、イベントだったり、色んなところに出かけることが多かった。そうなると、結局疲れるし、それなりの出費もしちゃう。それが、今では、朝遅くまで寝たら、昼を兼ねた食事をとりつつ、家でゆっくり過ごす。出かけても近くですますことが多くなった。大げさに言うと、この地で生きていくと決めたことで、地に足がついたようなイメージかな。

バンド組んで、ギターをはじめたのは、パンクロックが好きだったからだけど、それ以上に音楽好きな仲間と一緒にいることが好きだったからだと思う。

家を持とうと思ったのも、同じような理由で、家が賃貸アパートでも、家族は家族で変わりはないんだけど、よりいい時間を家族で共有したいと思ったから。

と、格好いいこと言ってますが、ガキんちょが幼稚園に入る年齢になって、小さなアパートじゃあ、どうしようもなくなった物理的問題と直面したのが大きい。ローンだって奥さまにおんぶに抱っこ。それについては、ホントすんません、って感じ。

昔のようにギターを弾くことはなくなったけど、そんとき使ってたギターは今もうちにある。ギターの裏面には、当時、マッキーで書いた「my generation」の文字。たまに手にとって、弾くこともあるけど、その文字が視界に入るたびにちょっぴり恥ずかしかったりするのは内緒だ。

もうひとつ、家を買って、変化したことではないんだけど、素敵なことがあった。

うちは東京の杉並区、地下鉄丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅から徒歩10分くらいのところにあって、住宅地なんだけど、東京なんでね、近くに大通りが走っているし、車の交通量も少なくはない。


画:滝口禎一/彩色:海老沢一男

そんな場所にあって、自宅から歩いて数分。

いい“ところ”を見つけた。

はじめてきたのに懐かしい感じで、最初にそこを発見したときのことは今でも覚えてる。

まるで巨大な緑園みたい。

小さな子供が変な世界へ迷い込むファンタジー映画ってあるじゃないですか、まさにあんな気分でドキドキワクワクした。

全体的に静かで、鳥の声だけが届いたのね。

風景としては、50年代や60年代のアメリカの映画に出てくるあの感じ。

アメリカの匂いがした。

テラスハウスがずらーっと並んでいて、その間を緩やかなカーブを描くアスファルトの道路が走っている。道路の両脇には、これでもかってくらい緑が溢れていて、電線なんかも格好よく見えてしまう。

その道路から、テラスハウスとテラスハウスの間にできた細い小道へ入る。両脇から緑が溢れ、奥が見えないほど緑が視界を埋める。光が差し込んできれいだ。小道を抜けると、その抜けた向こうにはまた緑が溢れていて、大きな公園が現れる。野球が十分にできる広さで、その公園の周辺に4階建ての大きな住宅棟が建ち並んでいた。圧巻だね。

なのに、そこに人の姿はなく、公園に用意された遊具で遊ぶ子供達もいない。

僕は公園の中央を渡り、さらに足を進める。

テラスハウスの間を通る小道はどこまでも続き、緑の回廊が途切れることがない。

そうすると、また大きな空間が現れた。


画:滝口禎一/彩色:海老沢一男

地面には芝が植えられ、そこにも滑り台やブランコといった遊具があって、まさにアメリカっぽい景色だ。なのに、なぜかそこに、大きなビワの木が立っていて、小さな男の子が3人、競うように木によじ登っていた。

その子供達、ビワを採ろうとするのはいいんだけど、先へ進むと枝のしなりが激しい。地上2メートルくらいかな。で、その枝の下には、お婆ちゃんがいて、

「それ以上は危ないから行っちゃあダメ」

って声をあげてる。

いつかどこかで、テレビか本で見たことのある日本の原風景のようだ。

ここは東京?

っていうか、時代は平成?

って感じで、タイムスリップ&どこでもドア状態。

お婆ちゃんと一緒になって、「危ないよ、危ない」って声あげてました。


画:滝口禎一/彩色:海老沢一男

その後、その子供達が採ったビワを、その場で一緒に頂いて。

うまかったです。

なんかわかんないけど感動した。

今の時代では、本当にファンタジーの世界だね。

それからというもの、奥さまとガキんちょを連れてちょくちょく来るようになった。

休日は、夕方ちょい前くらいにここへ寄って、散歩して、そのまま商店街へ流れて夕食の買い出しってのが定番のコース。

お弁当を持ってきて食べたこともあるし、こういうところだから子供の写真を撮るのに最適で、家の玄関の壁に飾ったガキんちょの写真の何枚かはここで撮ったものだ。ぶらぶらと夜風にあたりながら、ビール片手に散歩したこともあった。

いやあ素晴らしいかぎりです。

そして、今日の日曜も昼食を兼ねた遅い朝食を食べ、ダラぁとした昼下がりを過ごしながら、「夜は何にしよっか」なんて話をしてた。とりあえず、散歩しながら考えようか、みたいな。天気がよくて、窓から差し込む光でリビングはポカポカで少しウトウト。ガキんちょはソファーの一番いい場所を占領してすでにお昼寝中。

そんなとき、玄関のベルが鳴った。

ピンポーン。

その音に反応するように、奥さまがガクッと、目をあける。インターホンで、なにか二言三言やりとりがあって、「ちょっと行って来る」と、1階の玄関へ降りていった。

15分くらいたったかな。

ようやく戻ってきたと思ったら、奥さまはちょっとだけお怒りモード。

なんだろう? と思って話を聞いた。

訪問者は30代後半くらいの女性で名前はオズボーン。

「オ……オズボォーン?」

外人さん? と思ったら、日本人で、旦那さんが外国の方らしい。

日本の姓は松本さんといい、ここから歩いて5分くらいのところに住むご近所さんとのこと。

そして、手に持った一枚のチラシを渡された。

「建替え反対の署名をしてほしい、んだって」
「署名? 建替え反対?」

受け取ったそのチラシには、大きな見出しで “阿佐ヶ谷住宅建替え反対”

と書かれていて、ウラオモテ両面いっぱいに建替えを反対する理由が書かれていた。

「阿佐ヶ谷住宅って何?」
「いつも行ってるすぐそこのことらしいわよ」

あっ!

それだけで、どこのことか、すぐにわかった。

そういえば、テラスハウスごとに番号が振られていて、その番号を案内した看板に、阿佐ヶ谷住宅と書かれていたような気がする。

建替えについても、言われれば、「そうだよな」と思う。

あれだけの巨大なスペースに、あれだけの戸数のテラスハウス、あれだけの戸数の集合住宅が建ち並んでいるというのに、ほとんどそこに住む人と顔を合わすことはなかったし、テラスハウスの玄関という玄関にベニヤ板が張られていたからだ。

ノートPCを持ってきて、ネットにつなぐ奥さま。眠気はどこかに吹き飛んだようだ。検索エンジンへつなぎ、[阿佐ヶ谷住宅]と打ち込む。

うちの奥さまは、銀座にある、なんとかいうコンサルティングカンパニーに勤めている。そこで何やってんのかはよくわかんないけど、コンピューター系は得意。僕はというと、音楽聴くのも、未だにLPだったり、というアナログ人間で、MP3プレーヤーすら持ってなかったりする。

PCのモニターを覗き込むと、ずらーっと検索に引っ掛かるホームページ群。

その数、16000件。

――阿佐ヶ谷住宅、は有名な“ところ”だった。

1958年竣工、地上3〜4階建て鉄筋コンクリート造りの118戸と、テラスハウスタイプ232戸からなる、計350戸の日本住宅公団の分譲型集合住宅。あの雰囲気のあるテラスは、前川國男という有名な建築家の手によるものらしいことが書かれてある。

インターネット上には、阿佐ヶ谷住宅のファンを自称し、写真を撮って掲載しているホームページがいっぱいあって、“理想郷のような環境”とも、“重要文化財にしてもいいくらい”とも書かれていた。

本当にファンが多いようだ。

いやあ、実際、「重要文化財にしていいんじゃね」って思うし、カメラを持った自分より若い子達をよく見かけた。

そういうことだったのね、と勝手に納得。

ただ、問題なのは、それと同じくらい、阿佐ヶ谷住宅の建替えについて、現計画に反対するホームページが多数見うけられたこと。

そこには、現計画の問題点が挙げられ、特に次の2点が大きな問題のようであった。

(1)高さ20メートルでの建替え計画が進められている。

(2)戸数は現在の350戸から600戸に増加。

問題は何か? というと、ひとつめは、20メートルもの巨大な建物が建つ計画で進んでいる、ということ。この阿佐ヶ谷住宅も含む、私たち一家が無理に無理して購入した新居が建つこの地域は第一種低層住居専用地域なのだ。

第一種低層住居専用地域ってのは、建物の高さ制限が厳しくて、マックスで10メートル(または12メートル)しか建てることができない地域のことをいう。

さらに、お隣さんへの日当たりを確保するために日影規制(〔建築基準法 第五六条の二〕日影による中高層の建築物の高さの制限)という決まりもあって、そうそう自分勝手に建てられるわけではないんですね。うちはというと、天辺の一番高いところで、8メートル50センチまでしか許されなかった。しかし、この高さ制限はお隣さんに対して当然の配慮だし、自分達もその決まりによって将来にわたり、日当たりは保証されるわけで、第一種低層住居専用地域であることは、この土地を購入する際の、“決める”要因のひとつでもあった。

ふたつめは、容積率について。

ここは容積率100パーセントのエリアなのに、戸数を増やすためなのか、120パーセントでの建替え計画で進められている。

容積率とは、敷地面積に対する建築延べ面積の割合のことをいい、計画の戸数が、現状より倍近くにも増えているのがわかる。

これだけの戸数が必要だから、容積率と高さ制限の緩和が必要だった?

それはわからないけど、奥さまが怒るのも無理ないのである。

「で、署名はしたの?」

って聞いたら、

「まだよくわかんないので、ちょっと考えさせてください、って言っておいた」
「そう…」

奥さまは僕との話なんかそっちのけで、PCに視線を向け、さらに調べを進める。

なんでこの第一種低層のエリアで、20メートルもの建物が建つの? って納得いかないみたい。

僕はというと、ひたすら「もったいないなあー」ってがっくりきてた。

あの場所がなくなっちゃうのかと思うと残念で残念でしょうがなかった。

本当に気に入ってたんだな。

「せっかくいいところ見つけたのにー」

って、秘密基地をなくした子供の気持ちになって、がっくしでした。

引き続きの、奥さまの調べによると、今回の阿佐ヶ谷住宅の建替えは、【再開発等促進区を定める地区計画】という、特別な地区計画の導入によるもので、これは、六本木ヒルズや汐留シオサイト等に適用されているものであることがわかった。

さらに怒りが増す奥さま…。

どうして、杉並の住宅街で、第一種低層住居専用地域にこの地区計画を導入する必要があるのよ! というわけ。

ごもっともです。

ただ、僕に言われても……。

あと、目についたのが、“杉並区”という文字。

様々なウェブサイトの情報では、杉並区がこの阿佐ヶ谷住宅建替えの事業を率先して進めている、ということが書かれている。

法律を遵守させるべき行政がそんなことするはずはないし、もし、そうだとしたらなんのため?

???????だらけだ。

「なんなのよ、いったい!」と、イラつく奥さま。

家を建てるためには、建築基準法に基づき、いくつもの審査を受けなくてはならない。そのために、電話帳のような厚さの書類を作成しなくてはならないし、区の建築課に確認申請を行い、区の職員同行で現地の確認も必要だ。

地域によっては、美観を目的に、庭に植える木々まで指定されていたりする。

杉並区にもみどり公園課という部署が存在し、何か特別なものがある場合はそちらで審査を受けることになるし、場合によっては、まちづくり推進課というところにも顔を出さなくてはならない。

とにかく、家を建てるのは面倒なのだ。

平穏に暮らしているであろうその地に、見ず知らずの人が入っていって、暮らしはじめるわけだから、ルールは必要なんだと思う。

他に、常識ってのもある。

ある日、突然、お隣さんに、真っ赤な家を建てられても困惑するだろう。

全面ガラス張りで、自分ん家の窓からお隣さんが丸見えなのも辛い。

いきなり農地化して、そのために、虫がきたり、蛙の大合唱になっても困る。

それは、お隣さんが、高さ20メートルの家を建てて、僕らの生活を脅かすことも同様だ。

訪問者・松本さんがやってきてから、結構な時間がたった。

日もだいぶ落ちて、もう夕方あたり。

寝っぱなしのガキんちょを起こして、夕飯の買い出しに行くことにした。

阿佐ヶ谷住宅経由、商店街行き。

起きたばかりのガキんちょは元気いっぱいだ。

僕と奥さまの前方を走っていき、「はやく来い」とばかりに振り返る。

距離が詰まると、また走る。

今日は阿佐ヶ谷住宅がいつもとは少しだけ違って見える。

なんとなく僕と奥さまの言葉も少なめ。

夕日が差し込んで、団地をオレンジと黒のコントラストが覆う。

きれいだ。

ここが無くなるのか、と思うと、なんだかノスタルジック。

テラスとテラスの間の緑の小道を抜けると、遠くの広場に子供達がはしゃぐ姿が見える。

シルエットの子供達。

広場に影が長くのびる。

母親のシルエットが子供に近づき、手がつながれる。

我が家へと帰っていくのだろう。

残される何人かの子供。

そこへ、また別のお母さんがやってくる。

必死の様でかけよる子供。

なんだか泣けてくる。

涙にはならない涙。

僕と奥さまは立ち止まってその様を見ていた。

きっと同じことを考えていたんだと思う。

失くしてしまったもの――。

失くしたくないもの――。

そして、失くしてはいけないもの――。

次の日の朝。

一晩寝ても、阿佐ヶ谷住宅の建替えの真相がわからないモヤモヤが消えないうちの奥さま。なんだけど、朝8時30分には家を出ないと会社の定時に間に合わないから、と、こともあろうか、僕に杉並区役所へ行って、本当のところを聞いてこいという。

「面倒くさい」

建替えはしてほしくないけど、真相なんか別に興味ないし、の僕。

でも、言いだしたら聞かない奥さま。

即行で身支度を済ませ、きっちり朝ご飯も食べて出て行った。

こっちは、うん、のひとことも言ってないけど、行かなかったら行かなかったで、いろいろと後で言われるのは確実。それはそれで面倒なので、こちらも早々に支度を済ませ出かけることに。……負けました。

杉並区役所は、地下鉄、丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅を出たすぐ上にある。立派な建物で、10階建ての西棟、6階建ての中棟、7階建ての東棟の3棟からなり、青梅街道沿いにたいした存在感だ。

バイク通勤の僕は、このまま仕事場へ向かうべくバイクで区役所に。出かける直前にかけた電話で、直接、まちづくり推進課というところへ行くように言われていたので、受付の前を素通りして、エレベータでそのまま西棟の3階へと向かう。エレベータを降りると、案内の看板で、すぐに町づくり推進課の場所はわかった。

まちづくり推進課は、都市整備部という部署のなかにあって、大きなフロアの中にひとつのブースをつくっていた。ブースの中には机が向かいあわせで10ほど並べられている。その窓口で、「すみません、先ほど電話させてもらった高橋です」と、中の人に声をかけた。

何人かが振り向く。

ゾロゾロと何人もが僕の方へ向かってきて、5人もの担当がずらーっと僕を取り囲んだ。

異様な感じに、嫌な気がした。

40代後半くらいの男性が僕の正面に来て、こう切り出した。

「阿佐ヶ谷住宅建替えについてのご説明ですよね。どうぞ、お座りください」

と。

僕は10分で済むであろうと思った杉並区役所での状況伺いが、この後、4時間もの時間をこのまちづくり推進課というところで苛立ちと怒りの中、過ごすことになる。

近藤光(こんどう ひかる)

1969年生まれ。ufotable代表。
独特な演出とクオリティの高い作品を作ることで知られている。アニメ制作だけでなく、実写作品のCGや、カフェの経営など、多方面に展開中。主な作品に『フタコイ オルタナティブ』
『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』など。